2016年6月9日木曜日

広告を貼り替えるブラウザー 大物プログラマーの無謀な挑戦

こんな構想を思いつけて更に実行してるのが凄いなぁ…。ビットコイン以外が用意できるかどうか…。

広告を貼り替えるブラウザー 大物プログラマーの無謀な挑戦 : 深読みチャンネル : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 1/4

読売新聞専門委員 東 一眞

2016年06月08日 05時20分

インターネットで目障りなバナー広告を隠してしまう「アドブロック」と呼ばれるソフトウエアが世界的に普及している。特に普及率の高い欧州では、新聞社は脅威を感じている。そうした中、アメリカで、広告をブロックするだけではなく、別の広告に勝手に貼り替えてしまうブラウザーがリリースされた。全米の新聞社を激怒させたこのブラウザーを作った本人はしかし、ウェブの世界を救済するために、大真面目なのだ。

米新聞業界から抗議の手紙

4月27日、アメリカの主要新聞社の法務担当17人が連名で、「ある人物」に、怒りに満ちた抗議の手紙を送った。本文はレターサイズで1枚ちょっと。末尾に17人の氏名とサインが2ページ半も続き、いかにも仰々しい。ニューヨーク・タイムズ、ダウジョーンズ、ワシントン・ポスト、そして複数の地方紙を傘下に持つ大手新聞チェーンのガネット、トリビューン、デジタル・ファースト・メディアなど、全米の主要新聞社が名を連ねた。

「Dear Mr.Eich(親愛なるアイクさん)」で始まるこの手紙の宛先は、ブレンダン・アイク氏。ウェブ作成には今や必須のプログラム言語であるジャバスクリプト(JavaScript)を開発した天才プログラマーだ。さらに、世界中で使われているウェブ・ブラウザーの「ファイア・フォックス」の開発にかかわり、このブラウザーを管理する非営利団体モジラ・ファウンデーションの設立者でもある。ウェブ業界では知らない人はいない大物プログラマーに、なぜ、主要メディアが怒っているのか、手紙の冒頭を読んでみよう。

「親愛なるアイクさん

あなたが設立したブレイブ・ソフトウェア会社は、ウェブ運営者の出す広告を(別の広告に)貼り替えるブラウザーを出す計画です。これは違法であり、下にサインした新聞社は(法的)権利を行使する意思があることをご承知おきください」(抄訳)

ブレンダン・アイク氏は、ベンチャー企業の「ブレイブ・ソフトウェア」を設立し、今年1月、新たなブラウザー「ブレイブ」の試作版を発表した。ブラウザーとは、ウェブページを閲覧するソフトで、グーグル・クロームや、インターネット・エクスプローラー、ファイア・フォックスが有名どころ。どれも、基本的にはサイト側の意図するウェブページを、そのまま表示する。

しかし、アイク氏が開発した「ブレイブ」ブラウザーは、コンテンツはそのまま見せるが、バナー広告をブレイブ社が今後つくる「ブレイブ・アド・ネットワーク」から配信される広告に貼り替える機能を持つ。これではサイト乗っ取りと言われても仕方なく、ニュース・サイトを運営する新聞各社が怒るのもムリはない。

ちなみに、筆者は4月20~23日に、オーストリア・ウィーンで開かれた世界新聞協会主催のウェブ関連セミナー「デジタル・ヨーロッパ 2016」に参加したが、その席でも、ニューヨーク・タイムズのマイケル・ゴールデン副会長が、「広告を貼り替えるブレイブは違法性が高い」と激しく批判していた。

「悪い広告」を「よい広告」に貼り替える

だがブレンダン・アイク氏は新聞社側の批判に、びくともしない。この抗議書にさっそくブログで反論した。「アメリカ新聞協会が言っているように、ブレイブは新聞社から利益を盗もうなどとはしていません。同協会は、ブレイブがやっていることを根本的に誤解しています。ブレイブは(中略)、より良い広告ネットワークを作り上げようとしています。多くのウェブサイトが外部広告から得ている以上の利益を、我々のシステムを通じて支払うことができるのです」

どういう意味だろうか? 実は、アイク氏は、まことに壮大な理想を実現しようとしているのである。まず、アイク氏は、ウェブの現状を憂えている。ウェブ広告は目障りだし、ページの表示を遅くするし、個人の閲覧履歴を追跡してプライバシーを侵害する。コンピューターウイルスなどのマルウェアの配信経路に利用される場合すらある。「悪い広告のせいで、人々はアドブロックを使うのです」と、新聞社への反論で述べている。広告がブロックされれば、無料で閲覧できる広告モデルを主体とするウェブの世界は崩壊してしまう。どうすれば、この現状を打破できるのか? その解決策としてアイク氏は、ブレイブ・ブラウザーを思いついたのだ。

このブラウザーは、上記のような「悪い広告」があった場合、ブレイブ・アド・ネットワークが配信する「よい広告」に貼り替えてしまう。それらの広告は、おとなしく、ページ表示速度を落とさず、個人の閲覧履歴を追尾したりしない。間違ってもマルウェアを配信したりしない、安心で安全な「よい広告」なのだ、という。

では、その貼り替えた「よい広告」の収入は、だれがもらうのだろう? 右のグラフは、ブレイブのサイトから引用した。ここに明記されている通り、広告収入の55%は、「パブリッシャー」つまり、サイト運営者に行く。


アイク氏が、新聞社側への反論として「ほとんどのウェブサイトが外部広告から得る以上の利益を与える」と言っているのは、この55%のことだ。ウェブの世界には、多くの広告配信ネットワークがあるが、それ以上の分配率で、ブレイブ・アド・ネットワークは新聞社に支払いますよ、と言っているわけである。

ブレンダン・アイク氏の壮大な理想

このブラウザーを使ってアイク氏は、さらに複雑な構想を計画している。前ページのグラフのように収益の15%は、ブラウザーのユーザーが受け取ることになっているが、これはユーザー個人の収入になるのではなく、サイト支援にあてるお金だ。ウェブの閲覧者(ユーザー)は、自分のお気に入りのサイトに対してこの15%の収入を寄付する。閲覧者に選ばれるサイトは、現在以上に多くの広告収入を得られる仕組みだ。

閲覧者とサイトのお金のやり取りには仮想通貨のビットコインを使い、各ユーザーがビットコインをためたり、使ったりするための電子的な「財布」も、近くリリースする計画を明らかにしている。

つまり、ブレイブというブラウザーは、ウェブ広告を「よい広告」に貼り替えるだけではなく、閲覧者を主体とした広告資金の新たなる流れを生み出すための道具なのである。そして、それこそがウェブの世界を救う切り札だとアイク氏は考えている。

「ウェブ運営者と閲覧者の双方にとって、ブレイブ(ブラウザー)は問題などではなく、解決策そのものです。我々は、スピードとプライバシー、マルウェアからの保護を提供できます。さらに、この(ウェブ)産業、特にサイト運営者を支援するための、新たな匿名の支払いモデルを提供します」。新聞社への反論ブログで、高らかにそう宣言している。

アイク氏の頭の中では、ブレイブ・ブラウザーがウェブの世界を救済した後の「理想世界」がリアルに存在しているに違いない。悪い広告が撲滅され、閲覧者に支持されるサイトが高い広告収入を得てイキイキと活動できる世界が。

ブレイブに立ちはだかる高い壁

筆者は試しに、自宅パソコンにブレイブ・ブラウザーを入れてみた。開いてみると、何の変哲もないブラウザーであるが、広告をコントロールするモードとして、(1)広告をブロックする(2)ブレイブ広告に貼り替える(3)広告をブロックしない――の三つから選べる。さっそく、(2)を選んで、ニューヨーク・タイムズのホームページを表示してみる。すると、通常のブラウザーに比べて、広告がブロックされるだけで、差し替え広告は表示されない。広告配信のシステムがまだできていないのだ。

考えてみると、ブレイブ・アド・ネットワークという広告配信の流通経路は、ブレイブというブラウザーだけだ。ブレイブ・ブラウザーが何十万、いや何百万もダウンロードされて多くのユーザーがつかない限り、広告主もつかないだろう。アイク氏もそのことは承知していて、ブログにそう書いてある。「よい広告」を配信するシステムを動かすためのハードルは高い。

さらに言えば、クロームというブラウザーをもち、アドセンスという広告配信システムを持つウェブ世界の巨人グーグルが、広告貼り替えブラウザーの普及を傍観するとは考えにくい。仮に新聞社の反発と違法性論争をクリアしても、ブレイブの普及にはかなりの障害があると考えるのが現実的だろう。

理想のウェブ世界を夢見てブラウザーとそれに絡む複雑なシステムを構築しようとしているアイク氏の挑戦は、こうした厳しい現実を勘案すると、風車に挑むドン・キホーテのようにも見えてくる。だから、かえって応援する人が出てくるかもしれないが……。

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